素早く眉を寄せる慎二に、木崎は言葉を続ける。
「大迫美鶴さんです。駅舎の管理をお願いしている方ですよ」
「あぁ」
少しだけ、視線が遠くなる。
「明日から夏休みですから、駅舎の管理はこちらで行わなければなりません。その確認のお電話をしていたのですよ」
もっとも…… とつぶやき
「ご自宅には、おられませんでしたけどね」
留守電に用件だけを入れておいた。大迫美鶴は、きっとまだ駅舎にいるのだろう。
こういう時、今なら携帯電話で素早く連絡を取るものだが………
慎二は、瞳の大きな、少し勝気そうな少女の顔を思い浮かべた。
この家でしばらくを過ごし、だがやがて山脇という少年の用意したマンションへ移ってから、まったく会っていない。
会う必要もないのだから、当然なのだがな。
長く細い右手の人差し指で、軽く唇に触れる。
こちらの助力に些か戸惑っていたようだ。その様子をおもしろいと思った。
ただ戸惑っているというだけでなく、どこかで、疑っているようにも思えた。
おもしろい少女だ。なぜあのような娘が、唐渓なぞに通っているのか?
ここ数日、唐渓の生徒を駅舎で見かけるのですが……
木崎からそのような報告を受けた時、慎二は正直驚いた。
唐渓のような、華やかで賑やかな学校に通う生徒が、なぜあのような寂れた駅舎に、それも毎日のように姿を見せるのか?
最初はほんの面白半分だった。波立たぬ湖面に起こった、小さな波紋のようなモノだった。
あの少女も、あの駅舎のような隠れた場所で、泣いていたのかもしれない。
過去を思い出し、記憶の中の女子生徒と、まだ見ぬ少女を重ねてみた。
だが会ってみて、絶句した。
こちらへ見せた瞳は激しく鋭く、まるで野生動物のように、全身で警戒している。
あのような攻撃的な態度を向けられたのは、ひょっとしたら生まれて初めてだったのかもしれない。
背中に寒気を感じた。だがそれは、決して不快なモノではなかった。
予想を裏切られるのがこれほど楽しいことだとは、思いもしなかった。
ただ、なぜそのような少女が、唐渓などといった高校に通っているのかが、不思議だった。
慎二にとって唐渓高校とは、華やかで優雅な見せかけとは裏腹に、嫉妬と排他的精神の渦巻くドス黒い世界だ。
聞けば美鶴は、経済的にも恵まれず、学校ではやはり、劣等的扱いを受けている。
戦うのか? あの学校で?
「慎二様?」
問われて我に返る。呆けていたことにも、気付かなかった。
「何が、面白いのですか?」
「え?」
「そのように笑われて」
言われて思わず口元を押さえる。
――― 笑っていた
少しだけ驚愕し、だが少しだけ、納得する。
あの娘は、唐渓には通っていても、唐渓の生徒ではない…… か?
これほどまでに何かに興味を抱いたのは、とても久しぶりのことのように思える。
―――― 自分は、何を期待しているというのだ?
去る者を追うのは些か癪だとも思い、美鶴が住いを移った後は関わらぬようにしていた。
だが、久しぶりにその名を聞くと、なぜだか聞き流さずにはいられない。
気になるな
白状するなら、彼女がこの屋敷を去った後、その存在を忘れてしまっていたワケではない。
その後電話で話をしたこともある。が、それよりも―――
なぜ唐渓高校へ通っているのか、その答えを求めようと駅舎へ向かう自分。それを止める気位の高い自分。
今度は本人も、その口元の笑みを自覚する。
――― 気になるな
己の内に湧いた好奇心を素直に認め、霞流慎二は車に乗り込んだ。
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